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仙台地方裁判所 昭和35年(行モ)3号 決定

申請人 畑惣一郎

被申請人 仙台市議会

主文

本件申請を棄却する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

申請人は「被申請人議会が昭和三五年一二月一〇日になした、申請人は地方自治法第九二条の二に該当するもと認める、との趣旨の議決の執行は本案判決確定に至るまでこれを停止する」との裁判を求め、その申請の理由として述べるところは別紙のとおりであるが、

地方自治法第九二条の二によれば普通地方公共団体の議会の議員は当該地方公共団体に対し主として請負をする会社の取締役たることを得ないものとされる。

右に請負とはひとり民法上の請負契約にかぎらず地方公共団体の需要に応じて物品等を売り渡す場合も包含するものと解すべきである。けだし右禁止規定の趣旨はかかる立場にある議員によつてはともすれば経済的利害の対立上議員として公正な職務の遂行を期しがたいおそれなしとしない点にあるから、その点においては物品の売渡も請負契約におけるとなんら趣を異にしないからである。

ところで右規定に該当した場合においては

(一)  選挙の当時当選人にその事由があれば公職選挙法第一〇四条により当選決定の告知を受けた後五日以内に選挙管理委員会に対し、地方自治法第九二条の二所定の関係を有しなくなつたことの届出をしなければ、当選を失うものとされる。

(二)  当選後議員として在任中にこれに該当するに至つた場合についてはその効果について明文の規定を欠くけれども、当選当時にあつては右(一)の如く取り扱つていることとの均衡及び、古く市制当時在職中右の如き関係を生じた議員は失職するものとされていたこととを併せ考察するときは同法においてもかかる議員は当然失職する趣旨と解せられる。

しかしながら(二)の場合或議員が右規定に触れるか否かの認定を何人が如何なる形においてなすべきかについてはその規定がなく甚しく疑問なしとはしないが、少くも或議員が議員たる地位を失つたか否かについて疑問がある場合において、当然失職した職員を議事に関与せしめることが違法であるとともに、反対に失職事由のない議員を失職したものとして議事に関与せしめないことも亦違法であるから、すべての議事に先行する議会自身の構成の問題として、当該議会に一応の判定権限がないものとは一概には断定しさることはできない。

もつとも議会において失職事由にあたるものと判定したとしても、失職の効果はあくまでも当該事由の発生自体にあるのであつて議会の決定もしくは議決により生ずるものでないことは地方自治法第一二七条の決定と趣を異にする。

本件にあつては被申請人議会は申請人が仙台市に対しガソリン軽油を納入している株式会社畑惣商店の取締役であることをもつて同法第九二条の二に触れるものとして昭和三五年一二月一〇日の定例議会において「議員畑惣一郎は地方自治法第九二条の二に該当するものであることを認める」との議決(その本質が決定なりや議決なりやは問題であるが仮に議決と称する)したのであるが、申請人が右法条に触れるか否かは議会内部においても意見が岐れておつたので、議事運営上その疑念を一掃する趣旨において右議決をなしたものと認めることができる。

されば仮に申請人が右法条に触れるとしても同人の議員たる地位を失うのは該議決によるのではなく、かかる該当事由の発生そのものにあるというべきであることは恰も議員が在任中に公職選挙法第一一条所定の事由を生じ被選挙権を失い、ために議員たる職を失う場合においては他の被選挙権喪失による失職の場合と趣を異にし当該議会の決定を俟たない(自治法第一二七条)のと軌を一にする。

されば右議決は申請人が地方自治法第九二条の二に該当する事由があると否とを問わずなんら申請人の議員たる地位身分に影響を及ぼし得ない性質のものである(被申請人議会の前記議決後申請人の議席を撤廃し、申請人が議員として出席することを阻止し被申請人議会副議長から仙台市選挙管理委員会に対し議員欠員の通知をしたことが認められるけれどもこれらの措置は被申請人議会の副議長においても申請人が当然失職したものと判定し(その判定につき前記議決が強い動機となつたことは否めないまでも)議場の秩序保持、議会事務統理の独自の権限並に公職選挙法第一一一条により認められた権限に基いてなしたものと考えられ、右は前記議決の執行とは言えないことは明かである)からこれを行政事件訴訟特例法にいう行政処分であるとの見解に立ちその取消ないしはその無効確認を求める本件の訴は不適法であり、従つて又右本案訴訟の保全的性格をもつ本件執行停止の申請も棄却を免れないものといわなければならない。

なお附言するならば本件に顕れた疎明資料によれば被申請人議会の前記議決があつてこの方、同議会内部において右議決の内容たる判断の正当性を主張する一派と、右判断の誤りを唱える申請人及びその一派との間に申請人の身分の取扱をめぐり憂うべき紛争、昆迷におちいつていることが認められるので申請人が本案の訴を是正するならば裁判所が判決によつて申請人の議員たる地位の有無を最終的に判断するまで紛糾が止まない事態も考えられないではないが、かような事態の暫定的収拾を本件の如き申請によつて裁判所に期待することのあやまりであることは多言を俟たず、これはひとえに申請人及び被申請人議会の議長等において、事は党利党略により決すべき事項でないことに深く思をいたし捉われない立場で申請人がその取締役たる申請外株式会社畑惣商店の仙台市に納入するガソリン軽油の販売が同会社の営業成績全般における主要部分をなすものといえるか否かを冷静に判断して善処すべきことを期待するに如くはないものと考える。

よつて申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判官 飯沢源助 蓑田速夫 小泉祐康)

(別紙)

一、申請人は申請外株式会社畑惣商店の取締役社長であるところ、同申請外会社は当時赤字経営に苦しんでいた仙台市交通局の懇請により同局の使用するガソリン及び軽油等の購入費を軽減するため昭和三一年八月頃より他の業者よりも低廉な価格で同局にガソリンや軽油を売渡してきたものであり同申請外会社が昭和三四年九月一日以降同三五年三月末日までに同交通局に売渡した軽油の売渡代金は金二、九四四万円である。

二、然るに被申請人議会は前記申請人会社の年間売上金額は金七、二一五万円であるから月平均売上金額は金六〇一万二、五〇〇円で、同申請外会社の前記七ケ月の期間における前記交通局に対する軽油の売上代金額は金二、九四四万円であるからその期間における月平均売渡代金は金四二〇万五、七一四円余であり、その期間における同交通局に対する月平均売渡代金額は同申請外会社の月平均総売上額の七〇パーセントに相当するものであるという理由で、昭和三五年一二月一〇日「申請人は地方自治法第九十二条の二に該当するものであると認める」という趣旨の決議をし被申請人議会副議長名をもつてそのような趣旨の決議をした旨を同日申請人に通告したものである。

三、然し被申請人議会がいう前記申請外会社の年間売上総額金七、二一五万円というのは昭和三四年三月当時同申請外会社より前記交通局に提出した経歴書に記載されている同申請外会社の主なる受注先よりの受注金額を指称するものと思われるのであるが、同申請外会社の決算期は毎年九月三〇日で、その営業年度は毎年一〇月一日から翌年九月三〇日までであり昭和三三年一〇月一日から同三四年九月三〇日までの総売上金額は金七、二五〇万九、五一三円で、同三四年一〇月一日から同三五年九月三〇日までの総売上金額は金一一、一八三万四、一四九円であり、同申請外会社が昭和三四年九月一日より同三五年三月末日までの間に前記交通局に売渡した軽油代金二、九四四万円の内金三八〇万六、四〇〇円は同三四年九月に、その余の金二、五六四万六、四〇〇円は同三四年一〇月一日より同三五年三月末日までの間に売渡したものであり、同申請外会社が同交通局に対しその営業年度である昭和三三年一〇月一日から同三四年九月三〇日までの間に売渡した軽油は同三四年九月に売渡した金三八〇万六、四〇〇円に相当するものにとどまり、同三四年一〇月一日より同三五年九月三〇日までの間に売渡した軽油は前記金二、五六四万六、四〇〇円を含む合計金二、九八三万四、六〇〇円に相当するものである。従つて同申請外会社が同交通局に対し同三三年一〇月一日から同三四年九月三〇日までの期間に売渡した軽油代金は同期間内における同申請外会社の総売上高の五パーセントに相当するものにすぎないのであり、同三四年一〇月一日より同三五年九月三〇日までの期間に売渡した軽油代金は同期間内における同申請外会社の総売上高の二六パーセントに相当するものにすぎものである。

然も地方自治法第九十二条の二に所謂「主として同一の行為をする法人」とは当該普通地方公共団体に対する請負または当該普通地方公共団体において経費を負担する事業につき、その団体の長、若しくはその団体の長の委任を受けた者に対する請負が当該法人の業務の主要部分を占めるものの意であり、当該法人の業務につき具体的にどの程度の部分を占めれば主要部分を占めるものということができるかは請負金額と当該法人の通常の場合における業務の全量との比率等により具体的に判断せらるべきであり、当該法人の当該地方公共団体等に対する請負額が当該法人の当該営業年度における総売上高、総請負額等の五〇パーセント以上に当るときは当該法人の主要部分を占めるものに該当するものであることは既に行政実例の確定するところである。

然るに前記のように、前記申請外会社の昭和三三年一〇月一日より同三四年九月三〇日までの営業年度における前記交通局に対する軽油の売渡代金額は同年度における同申請外会社の総売上額に対する五パーセントにすぎないのであり、同三四年一〇月一日より同三五年九月三〇日までの営業年度における軽油の売渡代金額は同年度における総売上額に対する二六パーセントにすぎないのであるから、同申請外会社の前記交通局に対する両営業年度における請負額は同申請外会社の業務の主要部分を占めるものということはできないのであり、申請人は地方自治法第九十二条の二に所謂「同一の行為をする法人の取締役」ということはできないのである。

従つて申請人が地方自治法第九十二条の二に該当するものと認める旨の被申請人議会の前記決議は違法であり取消を免れないものである。

四、地方自治法第二百五十五条の二によるときは市町村の機関の処分により違法に権利を侵害されたとする者は都道府県知事に訴願し、その裁決に不服があるときはその裁決のあつた日から九〇日以内に裁判所に出訴することができることとなつている。

同条の対象となる市町村の処分とは当該処分が行政処分的なもので且つ当該処分によつて個人が直接的に具体的に権利を侵害される場合を意味するものと解すべきである。従つて市町村議会の場合についていうときは議会の解散、議会における議員の除名、議決等のごときは当該処分によつて議員個人の資格を剥奪するものであるから直接的な権利侵害として同条の適用があるのであるが、議会の議決により直ちに効果の発生をしない場合には議員個人の権利を侵害するものということができないから同条の適用がないのである。被申請人議会は申請人が地方自治法第九十二条の二に該当するものであるかどうかを認定する権限がないのであるから被申請人議会が前記のような議決をしてもその議決により直ちにその効果が発生するものではない。

従つて被申請人議会の前記議決にも亦同法第二百五十五条の二は適用がなく申請人は同条による訴願をすることなく直ちに前記訴を提起することができるものである。

仮りに本件訴に先立ち同法第二百五十五条の二により訴願すべきものであるとするも本件の場合は行政事件訴訟特例法第二条但書後段に該当するから訴願の裁決を経ることなく前記訴を提起することができるのである。(長野士郎著遂条地方自治法九六一頁以下)即ち(一)申請人は宮城県知事に訴願すべく宮城県地方課に対し問合わせたところ同課においては被申請人議会には申請人が地方自治法第九十二条の二に該当するかどうかを認定する権限がないから被申請人議会のなした前記議決については同法第二百五十五条の二の適用がなく、訴願は許されないものであり宮城県知事はこのような訴願が提出されても受理すべきではないという態度を示しているので訴願しても受理される見透しがない。(二)被申請人議会の議員である申請人が議会に出席して議決権を行使することは議員としての基本権である。然るに被申請人議会は前記のように申請人は地方自治法第九十二条の二に該当するものではなく、従つて被申請人議会の議員たる資格を失つたものでないのに前記のように議決したことを理由に被申請人議会事務局をして昭和三五年一二月一〇日附で公職選挙法第百十一条第一項第三号の規定により仙台市選挙管理委員会に前記のような議決をした旨を通知し、議場内における申請人の議席名札、議会事務局の申請人の名札など一切を撤去せしめて申請人が議場に出席することを阻止妨害し、申請人の議員としての基本権の行使を奪わんとしている(昭和三五年一二月九日及び同二三日にも本会議が開催の日程になつている)ほか同三六年一月以降の議員俸給の支給停止、年末手当の支給停止、その他議員としての一切の待遇を停止させようとしている。(三)申請人は被申請人議会の議長であるが被申請人議会は昭和三五年一二月一五日開催の本会議において申請人は前記議決により議員たる資格を失つたので、当然議長たる資格をも失つたものとして新たに議長を選出しようとしているので二人議長の出現を見ることが必須であり、このような事態の招来されることは徒らに議場を混乱に陥れるのみでなく、申請人にとつても耐え難い苦痛である。(四)被申請人議会の議長であり前記申請外会社の社長であり社会的に相当な地位にある申請人が謂れのない理由により被申請人議会の前記のような議決により、被申請人議会により議員及び議長としての権利の行使を阻止され議員としての一切の待遇を停止されることは申請人にとり甚しく不名誉なことでその信用を傷けること甚しく一日も早くこのような議決の取消を得て傷けられ、失われた信用を回復する必要があるものである。叙上の次第であるからこのような事情は行政事件訴訟特例法第二条但書に所謂「訴願の裁決を得ることに因り著しい損害を生ずる虞のあるとき」に該当するか、少くとも「その他正当な事由があるとき」に該当するものということができるから訴願を経ることなく前記訴を提起することができるものということができるのである。仍て訴願を経ることなく前記訴を提起するものである。

五、仮に申請人の取消を求める被申請人議会のなした本件議決が取消を俟つまでもなく違法無効なものであるとするもこのような処分は被申請人を相手どつてその無効確認を求めるため訴を提起することができるのであり、且つこのような処分も裁判所の判決により無効とされるまでは議決の効力を失うものではなくその効力を停止するには行政事件訴訟特例法第一〇条、第二項による執行停止によるべきものであることは既に判例の確定するところである。

六、叙上の通りであるから申請人は本日附を以て前記決議の取消を求めるため御庁に訴を提起したが、申請人は昭和三四年四月三〇日仙台市議会議員に就任したものでありその任期は同三八年四月三〇日までであり被申請人議会の議員たる申請人が議会に出席して決議権を行使することは議員の基本権であり、これを奪いまたはその行使を甚しく困難ならしめることは償うことのできない損害を生ぜしめるものであることはいうを俟たないものであるところ、前記のような被申請人議会の決議があるときは申請人が被申請人議会に出席し決議権を行使することが不能であるか、少くとも事実上困難であり申請人の議員としての基本権を奪う結果となるので、これを避けるためには前記決議の執行を停止することが緊急の必要であることはいうを俟たないところである。

仍て申請の趣旨の御裁判を求めるためこの申請に及ぶ次第である。

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